次元大介@医者してMUSCLE!

我、医学部再受験成功シ、医師トナル。知力ヨリモ体力。

まぁそんなもんか。

「実習に来ている看護学生の挨拶を無視する」
これは看護師のデフォルトらしい。一部の病院だけかと思ってたけど、研修先の病院で見かけた。挨拶を無視するって何か人間としておかしいんじゃないかと思うのだけど、雰囲気の悪い病院では当たり前に行われている。
救急実習では荷物を休憩室に置かせてもらえなかったりした。なので水を飲むことも許されず、16:30まで休憩なしということがあった。夏の暑い時期だったから、フラフラになりながら脱水症の患者さんの対応をしていたが、その奥の休憩室では看護師たちが和気あいあいと談笑していた。
その部署の師長は上の医師には媚を売り、研修医には自分がやるべき雑用を押し付けていた。採血に手間取ってたりしたら無言で体当たりをしてきたり。
まぁこんなものかもしれない。
こんな病院に残るわけがない。残ったとして、ガラッと対応を変えられても気味が悪いだけだ。

思えば癖の強い医療者ばかりが集まった病院だった。挨拶をしない医師は当たり前のようにいるし、患者さんの食事量が足りていないので変えてよいかと許可をとったら吐き捨てるように、「そんなもん、どうでもええわ」と言われたり。

サラリーマン時代と比較すると、医師のほうが金銭的にもやりがい的にも恵まれているけど、おかしな人間がいる率が高いのは病院だと思う。パチンコとキャバクラの話しかしなかったサラリーマン時代の上司が可愛く思えてくるほどだ。

多分違いは客商売かそうじゃないかなんだと思う。黙っても患者さんがくる、地域医療の要みたいな病院だから。これが競争率の高い、都会の病院とかだとまた話は違うのかもしれない。

地域医療に関わる医療者というと、Dr.コトーみたいなのを思い浮かべるのだろうけど大きな間違いだよなぁ。

医療者が聖人君子である必要はないけれど。大きな期待を持って医療現場に入ったから、その分ショックも大きいのかもしれない。

まぁまだ道のりは長い。医者を単なる生きていくための職業と捉えるのもつまらないし、かと言って自分の人生を投げ売ってまで入れ込むのも違うと思う。程よいバランスで仕事ができるようになるといいな、と雨の日に思うのであった。
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なんとか乗り越えて。

ひどい時期もなんとか乗り越えて今に至る。
パワハラ指導医がついていた1ヶ月は本当にしんどかった。受けたダメージが回復するまで3ヶ月はかかった。ご飯の味がしなくなっていて、不眠になって。明らかにうつ状態であった。どんな指導医がつくかは運によるので、こればっかりは防ぎようがないと思う。何回見学したって、指導医になる医師がどんな性格なのかなんてわかりようがない。「同僚となる研修医数が多いからお互いに支え合ってなんとかなるだろう」というのは通用しない。同期に恵まれてもパワハラ指導医に当たると逃げ場はなく、一対一で指導医が納得するまで詰められるだけなのだ。
研修医は最大90日間は研修中断できるので、それを利用するという手もあったが、そうすると研修期間が3年になる可能性もあったので利用できなかった。また、研修先を変えるという方法もあったが、研修中断者を受け入れてくれる病院は多くはないし、受け入れてくれる病院は特殊な病院ばかりだったので断念した。第一、手続きが煩雑なのだ。基本的に一度決めた研修先を変えることはできないと考えておいたほうがいいと思う。
人によると思うけど、一番キツイとされてる救急の研修も終わり、症例レポートも書き終えて、あとは添削してもらい、提出するのみだ。
小泉首相が昔言っていたことだけど、「人生には上り坂、下り坂、そしてまさか!がある」は本当だ。まさか!は誰にでもある。そのまさか!に出くわして苦しんでる人を見かけたら批判せず、つらい気持ちに寄り添える人でいたい。
このブログの読者は多分、医学部再受験を目指す人で、その中の何人かは実際に医学部に合格するのだろう。その人たちがパワハラ指導医に当たらないことを切に願う。
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~病畜編その6~「汝、7の7倍まで許せ。それ以上は許すな。」

罵倒され家に帰り寝る、起きる罵倒される。
そんな日々を繰り返していた。
ある日、起きて僕は心が壊れたことを自覚した。
朝食を食べても味がしない。
何も感情が湧き上がらない。
まるで心の電池を抜かれたようであった。
この感覚は何度も味わったことがある。また心が壊れたのだ。
こうして僕は生きる屍研修医として毎日病院に通うことになった。
休みたい、でも休めない。
詰め所では看護師さんたちが和気あいあいと仕事している。楽しそうだ。でも僕には楽しいと感じる力もなくなった。

自然回復を待つしかないのか。

「どこまで続くぬかるみぞ・・・」

そう僕はつぶやきながら能面のような顔をしてタバコを吸うのであった。

もう文章を書くのもつらい。誰も助けてくれない。

思えば毎日罵倒されていたのに誰も助け舟やら慰めやらをしてくれなかった。ここはそういう場所なのだ。間違えた場所に来てしまったのかもしれない。でもどこに行けばいいのかもわからない。

もう考えるのを止めよう。これが病畜の完成形なのかもしれない。
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~病畜編その⑤~「汝、7の7倍まで許せ。それ以上は許すな。」


そんなこんなしているうちに指導医が変わった。
異動した、僕を毛嫌いしていた医師に何を吹き込まれたのか知らないけど、約30分くらいの説教を毎日4回されるようになった。
勤務態度が悪い。この〜週間、全く進歩がない。それはアセスメントではないです。単なるプランです。
こんな調子で叱られる。助け舟?そんなの出してくれる人いるわけない。みんなスケープゴートがいることに心底ほっとしてて、内心ニマニマしている。
説教を受けている時にも睡眠障害の後遺症は襲ってきて、立ちながら気絶しそうになる。
僕はわからないように太ももの外側をエピペンを打つようにボールペンでグサグサと刺す。スクラブのその部分にはもう穴が空いてる。

多分、みんな楽しんでる。年増の医師がいびられてもいびられても必死で食らいついている滑稽な姿を見て。
どんだけいびってもやめないんだ。そりゃいびりがいがある。

仕事から帰るともう着替える気力もなく、ただひたすらジャックダニエルを飲む。
同僚はいない。僕は遠く離れた土地にただ一人。
話し相手すらいない。メンターであった堀木(仮)ももういない。

フローリングの床に倒れるように酔いつぶれていて、そんな僕を自動ロボがつついて起こす。また朝が来たのだ。

つらい。つらいでは済まない。しかし逃げ場もねぇ。
あの、強いと信じてた堀木(仮)でさえ90日間休んだのだ。

大学病院で大勢に隠れて研修するのが良かったかな。今からでも変えられるし、考えよう。

毎朝そんなことを考えるが、夜にはそんなのを調べる心の余裕がなくなるほど消耗しきってる。

今日もまた「それでアセスメントは?」攻撃の始まりなのだ。耐える、ボールペンで太ももを刺す、蛇行運転しながら家に帰る、酒を飲むの繰り返し。

知識がないのでアセスメントできないです。なんて口答えしようものならまた大変なことになる。叱るネタはゴロゴロ転がってるのだ。この間はそうですね。をいい間違えてそうねーになったのを小一時間叱られた。俺はアナウンサーになるためにここに来たんじゃない。

なんのために来たんだ?
立派な精神科医になるためだ。

精神科医の卵が酒浸り。世の中は滑稽なことばかりだ。CAGEスコアは3。もうなんだかなぁ。

週末は受け持ち患者さんを診て、その後特急に飛び乗る。医者はブラックだ。完全当直制なんてただのウソだ。
特急に乗ってあてもなくフラフラする。救急車のサイレンが聞こえるたびにビクッとする。
家に帰りたくない。
こんな思いで修行を終えても、僕は次来た人に同じように指導するのかもしれない。俺のときはもっときつかったぞ理論でさ。
病院は改善しようとする空気に溢れていない。院内コンプライアンス委員会?あぁ、もみ消されてるよ。途中経過も知らされていないもの。その後の事情聴取すらない。自浄作用のない、死にゆく街の病院だ。改善して何になる。確かにおっしゃるとおり。もう弁護士に頼むしかないかな。

頼んだらますます立場が悪くなる。こう言うとパワハラになるかもしれないけど、と前置き付きのパワハラが加速するだけだもの。

この数ヶ月、誰からも褒められてない。教育ってこんなものだったっけ。伸びてるのか伸びていないのかわからねぇ。暗中模索しながら僕はただただ特急に揺られている。

(病畜編はある程度フィクションです。まぁ事実がかなりだけど)

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~病畜編その④~「汝、7の7倍まで許せ。それ以上は許すな。」

そんな折に台風が来た。僕は各方面に遺書を送った。ある人は真面目に、ある人は鼻で笑ったけれど、僕は本気だった。
言葉の通じない人にも誠意を尽くして何度も避難してくださいと頼んだが、逆ギレされて塩をまかれるくらいの勢いであった。
誠意は尽くした。と僕は判断して大量の水を買い込んで一番被害が激しくなるであろう箇所に乗り込んだ。途中、休憩したSAでも道行く人々に被害がすごくなるからせめて水だけでも買ってくださいとお願いしたが、実際に買ってくれたのはたった一人。
僕は無力感を感じた。
堀木(仮)とも決別したし、僕には生きる意味もない。
my life as a dog.

こんなときに脳裏に浮かぶのはあの子の笑顔だった。

いや、まだ死なねぇぞ。

このまま死んだら研修で気を病んで死んでしまった人になるじゃないか。アイツラの思うがままなんて癪に障る。

持ち前の反逆精神だけが僕を動かす原動力だった。

わかってくれない、それがどうした。

助けたい、だから助ける。それでいいんじゃないのか

なんのために医師になったんだ。


中には義憤にかられている僕をからかって遊ぶ人もいた。
大人なので軽くあしらったが、目の前にいたら確実に。。。

結局、僕は助けたい人のためだけに医師になったんじゃない。
助けたくない人までも助けるために医師になったんだ。というのを思い出した。

何事もなくて、あとから笑われてもいい。世界がそれで平和なら、僕は甘んじて笑いものになる。

数日後、僕は部屋の中で頭を抱えていた。部屋の中には大量の水。
はははっ、なーにやってんだか。
まだ僕は生きる運命らしい。
臣くん (1)IMG_20190907_052456.jpg

まだ、免許とったからには生きろってことかな。

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